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知財裁判例紹介:
平成25年1月31日知財高裁平成24年(行ケ)10020号判決「発光装置」

1.実施可能要件(特許法36条4項1号)は昔からなかなか分かり難い要件です。
標記の平成24年(行ケ)10020号「発光装置」の請求項1の発明に関して問題になった「内部量子効率80%以上の赤色発光体」の事例を使うと、その実施可能要件の有無について、段階的に、次のような複数の場合が考えられます。

(i)出願当時において、実際に、「内部量子効率80%以上の赤色発光体」が試作品として(研究レベルで)実現されていた場合 → 実施可能要件あり
(ii) 出願当時において、実際には「内部量子効率70%前後の赤色発光体」しか試作品としては実現されていなかったが、理論上は、当業者が技術常識の範囲内の最適化作業を行えば「内部量子効率80%以上の赤色発光体」を出願当時において実現できた可能性がある(当業者が実際に製造しようと思えば製造できた可能性が理論上はある)と言える場合 → 実施可能要件あり?(平成24年(行ケ)10020号の事例)
(iii) 出願当時において、実際には「内部量子効率70%前後の赤色発光体」しか試作品としては実現されていなかったが、出願当時において、理論上は、少なくとも出願当時から数ヶ月後に99.9%、確実に「内部量子効率80%以上の赤色発光体」が実現できることが周知の事実となっていた場合 → 実施可能要件なし?
(iv) 出願当時において、実際には「内部量子効率70%前後の赤色発光体」しか試作品としては実現されていなかったが、出願当時において、理論上は、出願当時から数年後には「内部量子効率80%以上の赤色発光体」が実現される可能性があることが周知の事実であった場合 → 実施可能要件なし又は「発明未完成」

標記の平成24年(行ケ)10020号判決は、上記(ii)の場合について「実施可能要件あり」としました。
では、上記(iii)の場合はどうでしょうか。
特許庁の審査基準によれば実施可能要件の「判断基準時は出願時」だとされていますので、上記(iii)の場合(出願から数ヵ月後なら実現できたとしても出願当時は理論的にも実現できなかった場合。まぁ数ヵ月後に実現できるなら出願当時においても実現できたと理論上は言えるという場合が多いかもしれませんが。)は、特許庁の審査では実施可能要件なしとされる可能性が高いと思います(知財高裁の判断がどうなるかは分かりません)。
なお、標記の平成24年(行ケ)10020号判決の読み方ですが、「・・・以上,当業者は,今後,製造条件が十分最適化されることにより,内部量子効率が80%以上の高い赤色蛍光体が得られると理解するものというべきである。」と記載されていることから、上記(iii)の場合について実施可能要件を認めた判決だと解釈する人の方がむしろ多いかもしれません。私はそのようには読み取らなかったのですが。

2 以下に平成24年(行ケ)10020号判決中の上記(ii)の場合について「実施可能要件あり」とした部分を引用しておきます。


「3 内部量子効率80%以上の赤色蛍光体を実施不能とした判断の誤りについて
(1) 実施可能要件について
特許制度は,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当該発明の実施につき独占的な権利を付与するものであるから,明細書には,当該発明の技術的内容について一般に開示する内容を記載しなければならない。特許法36条4項1号が実施可能要件を定める趣旨は,明細書の発明の詳細な説明に,当業者がその実施をすることができる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになるからであると解される。
そして,物の発明における発明の実施とは,その物の生産,使用等をする行為をいうから(特許法2条3項1号),物の発明について上記の実施可能要件を充足するためには,明細書にその物を製造する方法についての具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその物を製造することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。

(2) 本件明細書の開示内容について
ア 本件審決は,本件構成3について,個々の蛍光体の内部量子効率がそれぞれ80%以上であることを要するとした上で,本件明細書の発明の詳細な説明には,内部量子効率が80%以上の赤色蛍光体が開示されていないとする。
確かに,前記2(2)アのとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,赤色蛍光体及び緑色蛍光体として使用できる具体的な物質が,内部量子効率を含む各特性を含めて記載されているところ,本件明細書に開示されている緑色蛍光体の内部量子効率は80%以上であるが,赤色蛍光体の内部量子効率は80%未満であり,したがって,本件明細書には,内部量子効率が80%以上の緑色蛍光体については記載されているが,内部量子効率が80%以上の赤色蛍光体については,直接記載されていないというほかない。
しかしながら,前記1(8)のとおり,本件明細書には,赤色蛍光体及び緑色蛍光体の製造方法について,その原料,反応促進剤の有無,焼成条件(温度,時間)なども含めて具体的に記載されているのみならず,赤色蛍光体の製造方法については,本件出願時には製造条件が未だ最適化されていないため,内部量子効率が低いものしか得られていないが,製造条件の最適化により改善されることまで記載されているものである。そうすると,研究段階においても,赤色蛍光体について60ないし70%の内部量子効率が実現されているのであるから,今後,製造条件が十分最適化されることにより,内部量子効率が高いものを得ることができることが記載されている以上,当業者は,今後,製造条件が十分最適化されることにより,内部量子効率が80%以上の高い赤色蛍光体が得られると理解するものというべきである。
イ 証拠(甲5,12~17)によれば,蛍光体の製造方法において,製造条件の最適化として,結晶中の不純物を除去すること,結晶格子の欠陥を減らすこと,結晶粒径を制御すること,発光中心となる付活剤の濃度を最適化すること等により,蛍光体の効率を低下させる要因を除去することは,本件出願時において当業者に周知の事項であったと認められる。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明に内部量子効率が80%未満の赤色蛍光体が記載されているにすぎなかったとしても,当業者は,蛍光体の製造方法において,製造条件の最適化を行うことにより,赤色蛍光体についても,その内部量子効率が80%以上のものを容易に製造することができるものと解される。実際,証拠(甲18)によれば,本件出願後ではあるが,平成18年3月22日,内部量子効率が86ないし87%のCaAlSiN3:Euの赤色蛍光体が製造された旨が発表されたことが認められる。
ウ 以上によると,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者が内部量子効率80%以上の赤色蛍光体を製造することができる程度の開示が存在するものというべきである。

(3) 被告の主張について
(中略)
エ 以上のとおり,被告の上記主張はいずれも採用できない。

(4) 小括
よって,仮に,本件構成3について,個々の蛍光体の内部量子効率がそれぞれ80%以上であることが必要であると解するとしても,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者が内部量子効率80%以上の赤色蛍光体を製造することができる程度の記載がされているものということができるから,本件発明1について,本件明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を充足しないとした本件審決の判断は誤りである。
本件発明2,4,6ないし13についても同様である。」

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